考え方・気持ちを切り替えることは、ストレス解消と精神衛生上とても大切なことだと思います。

考え方がガラッと変わると生き方が非常に楽になることがあります。すると、余分なプレッシャーを感じることはありませし、氣が楽になって余計なストレス・プレッシャーから病気になることもありません。

そこで、小林正観さんの著書『幸も不幸もないんですよ』より『二つの幸せ論』という記事をご紹介したいと思います。

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1. 「足りないものを手に入れる」幸せ論

日本の社会全体を覆っている、「幸せ論」というものがあります。これは、小学校、中学校、高校、大学、さらには会社、さらには社会全体、さらにはどこの家庭も同じように考えている幸せ論です。

社会全体で述べられている幸せとは、学校教育で行っている幸せ論とイコールです。どういう幸せ論かというと、足りないものをリストアップして、その足りないものを手に入れたときは幸せだと思っても良い。しかし、手に入らないうちは、ずーっと不幸なのだという幸せ論です。

リストアップした10個を、手に入れたとしましょう。そうすると、この幸せ論は、また次に、同じメカニズムで人に同じ要求をするのです。「さらに足りないものを10個挙げなさい。そして、その10個を手に入れなければ、幸せではないのです。それが手に入らないうちは、ずーっと不幸だと思いなさい」

こういう仕組みが、今迄の社会全体を覆っている幸せ論でした。

リストアップした、手に入ってない10個のものを手に入れるためには、人の5倍も10倍も20倍も30倍も努力すること、頑張ること。そして頑張って手に入れたら、それはよいことであり、幸せを手に入れたと思ってよい。と言う風に考えさせられている、洗脳されているのが、今の幸せの仕組みです。

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2. 「すでにあるものを幸せに思う」幸せ論

この幸せ論が、正しいとか間違っているとか論ずるつもりはないのです。ただ、この幸せ論だけで、幸せというものが理解できるかというと、そうではないと思います。実は、幸せ論にはもう一つの考え方、もう一つの仕組みがあるように私は思いました。

足りないものを10個挙げて、それが手に入らない間は不幸である。この考え方も否定はしません。しかし、よく考えてみましょう。足りないものを10個ずつ挙げ連ねているエネルギーを、すでに頂いている9,990個のものを1個ずつずーっと挙げていく。こちらの方に変換したとします。そうすると、すでに自分が恵まれていると思われるものが、もの凄く沢山あることに気づきます。

そして、同じエネルギーを使ってものを探すにしても、手に入っていないものを探すより、手に入っている、恵まれていると思われるものを挙げていく方が遥かに楽しくて、幸せであることに気が付きます。こちらの方の幸せ論も、もう一つあることに私は気が付きました。

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【出典】http://arigatounomori.iinaa.net/fukurou.html ありがとうの森より

すでに手に入って恵まれているもの。例えば、目が見えること。

これは当たり前ではありません。世の中には、目が見えない人が沢山います。目が見えることは当たり前ではなく、もの凄くありがたいことなのです。ただ、それに気が付いていないので、目が見える人は、目が見えることに感謝を殆どしません。

耳が聞こえることは当たり前ではないのです。ですが、耳が聞こえることが当たり前だと思っている人は、耳が聞こえることに感謝しません。耳が聞こえない人は世の中に沢山いるのですが、聞こえている人ほど、聞こえることに感謝をしないのです。これが、日本の社会全体を覆っている幸せ論です。

■幸せを手に入れようとする努力は要らない

足りないものを挙げ連ねること。そして、それをてに入れることが幸せなんだ、という幸せ論が隅々まで行き渡っていました。すでに手に入っているもの幸せだと思う、そいう提案というものはどこもなされていないのです。

例えば、宅配便の人が今日物を届けてくれた、これも幸せの一つです。郵便局の人が手紙を届けてくれた、これも幸せの一つです。テレビの電源を入れたら、番組表の予定通り番組がやっていた、これも喜びと幸せの一つでしょう。国によっては地域によっては、電源を押してもテレビが映らないところもあり、電波が乱れるところもあり、思うように映像が映らない、音が出ないというところもあるのです。

すでに頂いている9,990個のもに、私たちはただ気が付けばよいのです。手に入れる必要はありません。すでにもう手に入っているのですから、手に入れようとする努力は要らないのです。すでに頂いているものに対して、ただ気が付くこと。自分がとても恵まれていることに、気が付くこと。それに気が付いたら、毎日1個ずつ、あるいは毎日10個ずつ感謝をしていったとしても、9,990個に感謝し終わるにはずいぶんと時間がかかります。

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【出典】http://www.kashima-hosp.or.jp/blog/2013/01/post-407.html より

足りないものを挙げ連ねるよりも、恵まれていることを挙げ連ねていって、それを数え上げる方が遥かに楽しくて幸せです。この幸せ論は、底辺の部分で感謝という概念とつながっています。

社会全体が足りないものを挙げ連ねて、それを手に入れなければ、幸せだと思ってはいけない。手に入らないうちは、ずっと不幸だということになっていました。社会全体がそのような価値観で、そのような教育論で来ていた結果、日本の社会は100%の人が足りないものを挙げて、足りないものが手に入ったら幸せだと思ってよし、という価値観に染まっているはずでした。

ところが世の中というものは面白いもので、そのような100%の教育に対して、そのように思い、そのように生きる人が何と99%でした。社会全体がそういう幸せ論、そういう不幸論を教え込んだにもかかわらず、100%の人がそうなった訳ではないのです。1%の人は違う価値観で、幸せを見つけ出してしまいました。社会全体が同じことを教えているのに、100%の人がそういう考えにならなかったことには訳があるのです。

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【出典】http://www.arigato.co.jp/ ㈱ヒューマンウェア研究所 清水英雄氏

そのような価値観にならなかった1%の人は、病気になったり、事故に遭ったり、災難・トラブルに巻き込まれた経験のある人たちでした。この経験をもとにして、病気をした人、事故に遭った人、災難・トラブルに巻き込まれたことのある人というのは、何もない平穏な日々の積み重ねが、どれほど有り難くて幸せであるかということに、体験的に気がついてしまったのです。

普通に朝が来る、そして、そこには湯気の立った味噌汁があって、湯気の立ったご飯があって、納豆があり、沢庵があり、辛子明太子がある、梅干がある。そのような普通の朝食をとり、普通に電車に揺られ、普通に会社に着き、普通に仕事をし、同僚と冗談を言い合いながら笑い、美味しいコーヒーを飲み、そして、夕方になって帰ってくる。

幸せとは、自分の心の中に、ただそれに気が付くところにあるのだ、ということを知ってしまった人たちが1%存在するのです。すべてのことは当たり前ではないのです。

すべてのことは素晴らしくてありがたいことなのだ、と気が付いたら、そこには山ほど幸せが転がっています。どれほど数えても数えきれないほど幸せが転がっています。

これが宇宙の仕組みとしての幸せ論。幸せというものは足りないものを挙げ連ねて、それを手に入れるものという風に思っていても構わないのですが、もう一つの、すでに自分が頂いているものに気づき、それに幸せを感じ感謝すること。そこに、膨大なる幸せと膨大なる感謝がの世界が広がっています。

【出典】幸も不幸もないんですよ 小林 正観著

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私は今迄、『足りないものを手に入れる幸せ論』中心で生きてきました。やれ、もっと良い家に住みたい、もっと良い車に乗りたい、美味しい物をもっと食べたい…不足ばかしに目が行くと、ストレスが溜まります。

良く考えてみると、この世に生を受け、毎日生きてること自体が奇跡を遥かに超える奇跡ですから、もっと日々の平穏な生活、それを支えてくれる社会、廻りの沢山の人たち、この社会を築き上げてくれた先人達にもっと感謝があっても良い様に思います。

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